朝のピアノ 或る美学者の「愛と生の日記」/ キム・ジニョン
余命を知ったとき、
残りの日々をどう生きるか。
日常がシャッターを下ろすように
中断されると知った時に……
残ったのは「愛」だった。
韓国の哲学アカデミー代表も務めた美学者キム・ジニョンは癌を宣告される。本書は天に召される3日前、意識混濁の状態に陥るまでの日々を記録した散文集だ。死に対する不安を率直に綴りながらも、世界のささやかな美を発見し、周囲の人たちを愛し、人間としての威厳を最後まで保ち続ける記録である。(版元より)
***
〈1〉
朝のピアノ。ベランダで遠くを眺めながら、ピアノの音に耳を傾ける。わたしはこれから何をもってしてピアノに応(こた)えられるのだろうか。この質問は妥当ではない。ピアノは愛である。ピアノに応えられるもの、それも愛あるのみだ。
〈3〉
いまわたしに必要なものは、病(やまい)に対する免疫力だ。免疫力は精神力。最高の精神力、それは愛である。
〈8〉
突として心がぽきぽき折れる。
秋日の枯れ木のように。
〈10〉
イウォンを会社に送り届けた帰り道、道端に車を停める。煙草をくゆらせながら朝の風景を眺める。駅前の駐車場はがらがらだ。毎日わたしの古びた車を停めていた場所。わたしを日常に送り出し、夜遅くまた戻ってくるのを待ってくれていた場所。その空っぽの場所で、心がまたもぽきっと折れる。
〈11〉
どうすればすべてを守れるだろうか。
自分を守れるだろうか。
〈12〉
昨晩、Cがメールを送ってきた。
「先生はいつもおっしゃっていましたよ。希望のない場所に希望はあるのだと」
〈15〉
今日はジュヨンがアトリエに行く日。外出をためらう彼女の背中を押す。わたしにせっつかれて、とうとう鏡の前に座ったジュヨンの姿を眺める。小さく丸い体つき。いつでも笑みを絶やさず、どんなときも大笑いして重い世の中を明るく一蹴する、笑いの塊のような体。
わたしは笑顔が素敵なこの女性から旅立つことができるのか。
著:キム・ジニョン
訳:小笠原藤子
出版社:CCCメディアハウス
ページ数:272
判型:四六変型判
発行年月日:2025年4月10日 初版
この本は、2026年6月23日 初版第5刷
¥2,420 ($15.54)






